ジャンケン。階段。誰でも知っているシンプルなゲーム。
小学校の記憶が甦る。帰り道。休み時間。公園や学校で友達と何度も遊んだ、あのゲーム。
「それって、もしかして……」
「グリコか」真兎が嬉しそうに言った。「なつかしいね」
「くだらないな」と、椚先輩。「子どもの遊びじゃないか」
「いいんじゃないか?」と、江角先輩。「もともとくだらない勝負だし」
私たちの反応を予想していたように、塗辺くんは階段を見上げる。
「ただのグリコではありません。この階段、危険極まりない〝地雷原〟でもあります。踏んでしまえば重いペナルティが。勝つためには互いに読み合い、敵が仕掛けた地雷の位置を察知しなければなりません」
「地雷?」
審判はうなずいて、私たちを振り返り、
「いかに罠を見極めつつ、いかに素早く階段を上るか――。ゲーム名」口元を陰気に綻ばせた。「《地雷グリコ》です」
『地雷グリコ』とは、青崎有吾の特殊ゲーム頭脳バトル小説、およびそれに登場するゲーム。
第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞受賞作。
あらすじ
都立頬白高校の文化祭「頬白祭」には、ひとつ奇妙な風習があった。一番人気の出店スペースである屋上の使用権を巡って、希望する団体同士が平和的かつ明確な勝敗がつく何らかの勝負において対戦するトーナメント《愚煙試合》が開催されるのである。
決勝戦に勝ち残ったのは、カレー店を希望する1年4組と、過去2年続けて屋上使用権を獲得しているオープンカフェ希望の生徒会。1年4組の女子生徒・射守矢 真兎と、生徒会代表の椚迅人が屋上の権利を賭けて戦うことになったのは、誰もが知るあの階段を使う「グリコ」のゲームに新たなルールを追加した「地雷グリコ」だった――。
百人一首を使った神経衰弱「坊主衰弱」、独自手を追加したジャンケン「自由律ジャンケン」、歩数と振り向くタイミングを事前に入札する「だるまさんがかぞえた」、4部屋に伏せられた52枚のトランプを消費していく「フォールーム・ポーカー」。射守矢が挑む5つのゲーム。論理と駆け引きが勝利を導く特殊ゲーム頭脳バトル。
収録作
- 地雷グリコ(「小説屋Sari-Sari」2017年11月号)
- 坊主衰弱(「カドブンノベル」2020年11月号)
- 自由律ジャンケン(「小説 野性時代」2022年3月号)
- だるまさんがかぞえた(「小説 野性時代」2023年3月号)
- フォールーム・ポーカー(書き下ろし)
概要
2023年11月にKADOKAWAから刊行された、青崎有吾の短編連作集。
学園もののアンソロジーに読み切りとして掲載される予定が、アンソロジーの企画がポシャったため2017年に角川書店の電子文芸誌「小説屋Sari-Sari」に掲載された短編「地雷グリコ」を編集者の勧めでシリーズ化し、2023年まで断続的に発表された4編に書き下ろしを追加して単行本化された。なお、当初はミステリーランキング年度末までに刊行する予定だったが、書き下ろしの原稿が間に合わなかったので11月刊になったのだそうな。
グリコ、坊主めくり+神経衰弱、ジャンケン、だるまさんがころんだ、ポーカーと、それぞれ誰もがルールを知っているゲームに対して新ルールを追加し、頭脳戦を繰り広げる特殊ゲームバトル小説。著者が「迫稔雄『嘘喰い』が世界で一番好き」と語る通り、様々なギャンブル漫画の影響を強く受けており、各編とも熾烈な頭脳戦と騙し合いが繰り広げられる。
この手の特殊ゲームものはルール説明が煩雑になりがちだが、本作は誰でもおなじみのゲームのアレンジであるため馴染みやすく、作中での説明が非常に手際がいいのと、解説役のキャラが新ルールで生じるゲームの変化やパッと思いつく定石をすぐに挙げてくれるため、読者もゲーム内の駆け引きの見所や、定石を上回る作中の騙し合いと頭脳戦を理解しやすくなっている。
第1話「地雷グリコ」は、第2話「坊主衰弱」の公開時にカドブンにて全文公開されており、単行本化された現在も全文を読むことができる。
公式のあらすじや帯にも「ミステリ」の文字は全く使われていないが、その特殊なルールに基づいた理詰めの頭脳戦と騙し合いの面白さはミステリ界でも非常に高く評価され、第24回本格ミステリ大賞をぶっちぎりの得票数(31票、2位の白井智之『エレファントヘッド』は13票)で受賞。続いて第77回日本推理作家協会賞長編及び短編連作集部門もダブル受賞した。本ミス大賞と推協賞のダブル受賞は、小説では6例目。[1]さらには第37回山本周五郎賞を受賞し、ミステリの枠の外においても評価された。他に2023年SRの会ミステリーベスト10でも国内1位を獲得。
「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリー・ベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」の四大ミステリーランキングでは12月発表の2024年度の対象となるため、まだまだ冠が増える可能性はある。今後、青崎有吾の代表作となることは間違いないだろう。
主な登場人物
- 射守矢真兎
- 都立頬白高校1年生。勝負ごとにやたらと強い。
- 鉱田
- 真兎のクラスメートで中学時代からの友人。基本的に本編で語り手を務める。
- 椚迅人
- 頬白高校3年生の生徒会役員。「地雷グリコ」で真兎と対決し、その後は主に解説役を務める。
- 佐分利錵子
- 頬白高校生徒会長。真兎を手元に引き込むために「自由律ジャンケン」で真兎と戦う。
- 雨季田絵空
- 星越高校1年生。真兎の中学時代の親友にして最大の強敵。
- 塗辺
- 頬白祭実行委員。「地雷グリコ」「フォールーム・ポーカー」の考案者。
登場するゲーム
地雷グリコ
- 基本ルールは一般的な「グリコ」と同じ。「グーリーコ」の掛け声とともにジャンケンをし、グーで勝てば「グリコ」で3段、チョキで勝てば「チヨコレイト」で6段、パーで勝てば「パイナツプル」で6段、それぞれ階段を上がることができる。
- 階段の段数はゴールを含めて46段。
- ゲーム開始前、参加者は階段内の3つの段に地雷を仕掛ける。設置できる時代は1段につき1つまで。スタート地点とゴール地点への設置は不可。どの段に地雷を仕掛けたかは審判にのみ伝える。希望が被った場合はその段数のみ公表して再設定。
- 対戦相手が、自分の設定した地雷の段で止まった場合、相手は10段下るペナルティを受ける。10段目以下で地雷を踏んだ場合はスタート地点に戻る。
- 自分が設定した地雷の段で止まった場合、「ミス」となり、下るペナルティは受けないが、その段に地雷があることが相手にバレる。
- 同じ手による「あいこ」が5回連続した場合、立っている位置がゴールに近いプレイヤーの勝ちとなり、3段か6段、好きな段数を選んで進むことができる。同じ段にいる場合は先にその段に到達した方が「ゴールに近い」と見なす。
坊主衰弱
- 百人一首の絵札を用いた神経衰弱。
- 伏せた札を交互に2枚ずつめくり、〈男〉同士か〈姫〉同士でペアを揃えると自分の手札に加え、もう2枚めくるボーナスを獲得できる。ボーナスは1回まで。
- 〈坊主〉をめくってしまった場合、その時点で持っている手札を全て捨て場に送らなければならない。2枚めくるうちの1枚目が〈坊主〉だった場合、その時点で自分の手番は強制終了となり2枚目をめくることはできない。
- 〈姫〉でペアを揃えたときは、その時点で捨て場にある札を全て自分の手札とすることができる。
- これを全ての札がなくなるまで繰り返し、最後に手札が多かった方の勝利。〈姫〉が1枚余るので、それは最後にめくった人の手札となる。
- 蝉丸は〈坊主〉扱い。
自由律ジャンケン
- 7回勝負のジャンケン。先に4勝した方の勝利。
- グー・チョキ・パーに、両プレイヤーが考案した〈独自手〉2種を加えた5種類の手を用いる。
- 〈独自手〉の形は片手で出すことができ、指の折り曲げだけで作れるものであること。名前は形に連動していればなんでもOK。
- 自分の〈独自手〉には、グー・チョキ・パー+相手の独自手の4種に対して、どれに勝ちどれに負けるかを設定する。ただし「全ての手に勝つ」は禁止で、最低1種には負ける設定であること。
- それに加えて、〈独自手〉には自由に特殊効果をつけることができる。条件が複雑すぎる効果や強すぎる効果は禁止だが、OKかどうかの判断は審判に委ねられる。
- 〈独自手〉の強弱がかちあった場合は〈あいこ〉となる。
- 自分の〈独自手〉の強さおよび特殊効果は審判にのみ開示され、対戦相手には開示されない。
- 手の形を間違えた場合は〈空手〉扱いとなり、無条件で相手の勝ちとなる。
だるまさんがかぞえた
- 振り向くタイミングと進む歩数をそれぞれ事前に〈入札〉する「だるまさんがころんだ」。
- プレイヤーは〈標的〉と〈暗殺者〉に分かれる。〈暗殺者〉から〈標的〉までの距離は40歩。
- 〈標的〉が「だ る ま さ ん が か ぞ え た」の10文字を発声するのに合わせて、〈暗殺者〉は1文字につき1歩ずつ進むことができる。
- 〈標的〉と〈暗殺者〉はそれぞれ、「振り向くまでに何文字発声するか」と「何歩進むか」を事前に審判に〈入札〉する。入札する数字は自由。
- 〈標的〉の入札した文字数が〈暗殺者〉の入札した歩数より少なければ、〈暗殺者〉の動いている姿を視認することになりアウトとなって〈標的〉の勝ち。逆に多ければ〈暗殺者〉は既に止まっているのでセーフ。同数の場合はセーフとなる。
- これを5セット繰り返し、〈暗殺者〉が〈標的〉にたどり着けば〈暗殺者〉の勝ち。5セットで〈暗殺者〉が〈標的〉にたどり着けなかった場合は〈標的〉の勝ち。
- ただし、〈標的〉の入札する文字数は5セット合計で50文字でなければならない。
フォールーム・ポーカー
- 各スートごとに4つの部屋に伏せられたトランプ52枚を消費して行うポーカー。
- 手札は3枚。役と強さは「ワンペア」<「スリーカード」<「ストレート」<「フラッシュ」<「ストレートフラッシュ」<「ロイヤルストレートフラッシュ(QKA)」。スートの強さは♣<♦<♥<♠。
- まずアプリ上で3枚ずつカードを〈配付〉し、審判がそれに合わせて各部屋に置かれたトランプから対応する札を運んでくる。
- プレイヤーは先攻側から順に、配られた手札から不要なカードを〈廃棄〉する。捨てられたカードは公開されない。〈廃棄〉は最大3枚、ノーチェンジも可。
- 両者が〈廃棄〉を済ませたら、先攻側から順にカードが伏せられた部屋に〈入室〉し、〈交換〉するカードを自由に選択することができる。ただし〈入室〉できる部屋の数は〈廃棄〉を宣言した枚数が上限。また、室内のカードで触れていいのは交換するカードのみ。使用しないカードに触れる、めくって戻すなどの行為は禁止。
- 〈交換〉の制限時間は5分。
- 両プレイヤーが〈交換〉を終えたら、チップを用いて〈賭け〉を行う。ラウンドごとに先攻側がまず規定の最低額・上限額に基づいてチップを出し、後攻側が〈コール〉〈レイズ〉〈フォールド〉のいずれかを宣言、〈レイズ〉の場合は掛けチップが上乗せされ相手に選択権が移動する。〈コール〉が宣言された時点で互いの手札を開示し勝敗を決める。〈フォールド〉した場合はペナルティとしてその時点で相手が提示していたチップの半額を支払う。
- 以上を1ラウンドとし、4ラウンドを行って所持チップの多い方が勝利となる。
- なお、消費されたカードは補充されない。
関連リンク
関連項目
脚注
- *過去5例は、山田正紀『ミステリ・オペラ』(2002年)、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(2004年)、麻耶雄嵩『隻眼の少女』(2011年)、櫻田智也『蟬かえる』(2021年)、芦辺拓『大鞠家殺人事件』(2022年)。
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