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ブラックエンブレム
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ブラックエンブレム(Black Emblem)とは、2005年生まれの日本競走馬黒鹿毛

同厩舎の兵とともに、JRA重賞史上初の1000万馬券叩き出した秋華賞

な勝ち
2008年:秋華賞(JpnI)フラワーカップ(JpnIII)

概要

*ウォーエンブレムヴァンノワール*ヘクタープロクターという血統。
2002年アメリカ二冠馬だが、それよりも日本種牡馬として金髪フェチロリコンだったため種付けに苦労したというエピソードが有名。詳しくはウォーエンブレムの記事で。
ダートを走り27戦1勝。
アメリカ産のフランス調教GIを5勝。日本種牡馬となってからはに短距離重賞をいろいろ出し、日本イギリス調教シーヴァ日本生産として初めて海外GI勝利している。

Our Emblem*ヘクタープロクターは血統構成がよく似ており(ほぼ3/4同血)、単純なMr. Prospectorの3×4だけでない多重クロスがかかっている。Our Emblem≒*ヘクタープロクターの2×2と表現する血統評論家もいる。

2005年1月22日ノーザンファームで誕生。オーナー2022年京成杯を勝ったオニャンコポンと同じ田原邦男。
田原オーナー一口馬主を経て2003年から個人馬主となったのだが、初めて所有したの一頭が、彼女の2歳上の半ロイヤールハン(フサイチコンコルド)だった。ところがロイヤールハントは2006年1月デビュー2戦レース中に心房細動で死亡してしまう。
そこでオーナー馬主デビュー以来の付き合いである小島茂之調教師ノーザンファームに掛け合い、である彼女を譲ってもらったのだという。

そのような経緯があるため、名の意味は「名より連想+名の一部」として登録されているが、実際は「を悼む喪章」という意味だそうである。

 -小島茂之調教師との出会いがあった。

 「一口馬主からスタートしたんですが、そのうち(クラブが)個人馬主サポートしてくれて。そこで開業(03年)したばかりの小島調教師紹介していただきました。もう20年来のお付き合いですね。最初に持ったのがロイヤールハントでしたが、2戦レース中に心臓マヒを起こして死んでしまって。そのこともあって、2つ下のブラックエンブレム(い紋章=を悼む意)を購入できることになりました」

【皐月賞】オーナー田原邦男氏 “オニャンコポン”で大一番 購入時「最後にしようと」exitより

黒き紋章

2歳~3歳9月

小島茂之厩舎に入厩し、2007年8月12日札幌新馬戦(芝1800m)で藤岡佑介上にデビューしたが、12頭立ての8着。このときの勝ちは同年のラジオNIKKEI杯2歳S(GIII現在GIホープフルステークス)を勝ったサブジェクト、4着にも2010年佐賀記念(JpnIII)を勝つラッシュストリートがいたというなかなかのメンバーだった。

少し休んで11月4日、2戦東京1600m・限定の未勝利戦(上は佐藤哲三)で勝ち上がると、阪神ジュベナイルフィリーズに登録したが抽選除外となってしまう。仕方ないので阪神JFの前日の12月1日中山2000mの500万下条件戦葉牡丹賞(上は柴山雄一)に挑み、中団から最内を突いたが逃げミステリアスライトを捕らえきれず、後に京成杯弥生賞を勝つマイネチャールズにも競り負け3着。3戦1勝で2歳シーズンを終える。

明けて3歳、3月1日中山1600mの限定500万下条件戦・きんせんか賞からは松岡正海上に迎え、中団から徐々に押し上げて4身差の圧勝。
続いて3月22日フラワーカップ(JpnIII)重賞初挑戦。単勝2.0倍の1番人気に支持されると、最内の11番ということもあり好スタートから初めて逃げの手を打ち、向こう正面で突かれながらもマイペース逃げ、後続の追撃をぎきって逃げ切り勝ち。小島師と田原オーナー双方に嬉しい重賞勝利プレゼントした。

この勝利牝馬三冠戦線に挑むことになったブラックエンブレム。4番人気に支持された桜花賞(JpnI)では関東からの輸送に加えて中2週→中2週というキツめのローテもあり敢えて追い切りを行わず挑んだ。レースは出負けして後方からのレースになってしまい、特に見せ場なく10着。
続くオークス(JpnI)では6番人気に評価を下げたが今度は調整も良好で、好スタートから先行策を採って2~3番手につけ、直線で一度は抜け出しかける。しかし内から突っ込んで来たトールポピーと外から飛んできたエフティマイアにかわされ、最後は桜花賞レジネッタにもクビ差競り負け4着に敗れた。

場を休んだあと、東に長期滞在して調教を積み、秋華賞トライアルローズステークス(JpnII)から始動。松岡騎手の都合がつかず、上は岩田康誠に乗り替わりとなった。4番人気に支持されたが、重馬場に脚を取られて直線でずるずる後退、15着と大敗してしまう。
小島師は元々「本格化は以降」と見ていたのだが、幸先の悪い出足となってしまった。

2008年秋華賞・驚愕の1000万馬券!

そんなこんなで迎えた10月牝馬三冠の最終戦秋華賞(JpnI)
ここまで詳しく触れていなかったが、この年のクラシック戦線は飛び抜けたがいない大混戦で、荒れたレースが続いていた。
桜花賞人気を分け合ったトールポピーリトルアマポーラがともに撃沈して12番人気レジネッタが勝ち、2着にも15番人気エフティマイアが突っ込んで、なんと3連単700万2920円という大波乱(この時点でのJRA重賞配当歴代2位)
オークスは4番人気に評価を下げたトールポピーが勝ち、桜花賞はフロックと見なされた13番人気エフティマイアが再び2着に突っ込んで、3着の桜花賞レジネッタもフロックじゃない?と言われて5番人気だったので、これまた3連単44万360円というそこそこ波乱の決着だった。

いやいやしかし、さすがにこれで秋華賞まで荒れるなんてことは……。
当日の人気オークストールポピーが3.6倍の1番人気桜花賞レジネッタが4.0倍の2番人気で、どちらも2着のエフティマイアがさすがに評価を上げて10.0倍の3番人気。ブラックエンブレムはというと、前走の大敗で大きく評価を下げ、単勝29.9倍の11番人気だった。

ところでこの秋華賞小島厩舎はブラックエンブレムの他にもう1頭管理を送り出していた。プロヴィナージュである。彼女の出走を巡っては色々と着があった。詳しいことはプロヴィナージュの記事に譲るが、端的に言えば2001年天皇賞(秋)アグネスデジタルクロフネの騒動と同じ、「芝実績の薄いダートが出走を決めたことで、期待の注ポルトフィーノが除外になってしまったため、営が批判を浴びた」という話である。
……え、ポルトフィーノってあのポルトフィーノ? そう、あの伝説エリザベス女王杯1着入線ポルトフィーノである。当時の彼女は故障からの復活す期待の良血だったのだ。しかもよりにもよってクロフネだし……。何の因果だ。

ともあれ、そんな状況の中始まった秋華賞先手を奪ったのはオークスでも逃げた同じウォーエンブレム産駒の15番人気エアパスカル。果敢に2番手につけていったのが16番人気プロヴィナージュだった。ブラックエンブレムは白毛ユキチャンの近くで7番手あたりの内に構える。
向こう正面で先頭に立ったプロヴィナージュは、前半1000mを586のハイペース逃げる。小島師すら絶対に潰れると覚悟したというが、開幕2週の綺麗な馬場に乗って、逃げプロヴィナージュの脚は直線に入っても止まらない。
逃げ逃げプロヴィナージュ。まさかまさか16番人気単勝万馬券ダート逃げ切るのか!?
そう思ったところで、直線に入って内から伸びてきたのは、最内でじっと脚を溜めていたブラックエンブレム! 残り50mでプロヴィナージュを捕らえ先頭。馬場ん中からは後方にいた8番人気ムーインディゴが猛然と追い込んできたが、それを半ぎきってゴールに飛び込んだ。
そしてプロヴィナージュも最後までりきり、ブライティアパルスハナいで3着入線。

11番人気-8番人気-16番人気での決着。3連単の配当は、なんとなんと1098万2020円!
同年桜花賞の700万馬券どころか、前年のNHKマイルカップ(詳しくはピンクカメオの記事を参照)の973万馬券更新し、JRA重賞史上最高配当記録となった(場を含めても当時の歴代3位)。この記録2015年ヴィクトリアマイル(ミナレットの記事を参照)で2000万馬券が飛び出して更新されたが、2022年現在GIのみならずJRA重賞における高額配当記録の歴代2位ランクインしている。同年の桜花賞も未だに4位なのでこの年おかしいって。

小島師、田原オーナーとももちろんGI初制覇。田原オーナー、本業はディーラーなのだが、実はこのとき契約していたリーマン・ブラザーズが破綻して無職になっていた。「オークスの時も1回先頭に立ってかわされたから、気が気でなかった。みたい」とコメント。ちなみにプロヴィナージュ邦良オーナーリーマンに務める前の職場での同僚だったそうである。

このレースるときはどうしても批判を蹴散らして実明したプロヴィナージュ走が中心になってしまうものだが、プロヴィナージュと同じく内の馬場のいいところを通って最高の末脚を発揮したブラックエンブレムのレースぶりは見事だった。
批判の中で決断を貫いた小島師にGI勝利という最高の結果をプレゼントしたのはブラックエンブレムであることも、忘れないでほしいものである。

その後

4歳となった2009年ドバイ遠征を敢行。ケープヴェルディステークス(GIII)に出走する予定だったが、現地で出血を発症してしまい断念。バランシーンステークス(GIII)標を切り替え、こちらは出走がったものの、今度はレース中に出血が再発してしまい大差の最下位に敗れた。

後は投出血を抑えながらクイーンステークスでの復帰をしていたが、直前の追い切りでまたも出血が再発。現役続行は断念せざるを得なくなり、その2日後に登録抹消引退となった。

引退後は故郷のノーザンファームで繁殖入り。2019年産の第8までのうち7頭が勝ち上がり2014年札幌2歳Sを勝ったブライトエンブレム2019年フローラSを勝ちオークス4着のウィクトーリアと重賞2頭に、重賞勝利こそないがリステッド競走を2勝し2億円以上を稼いでいるアストラエンブレムを輩出するというかなりの好成績を挙げている。前述のの凝縮されたインブリードが繁殖において上手く作用しているようだ。

そして、あれから14年が経ち、同じ田原オーナー小島師のオニャンコポンクラシック戦線に挑んだ2022年秋華賞の前日、10月15日にちょっとした奇跡が起きた。この日の新潟1R・障害3歳以上未勝利で、障害競走に転向して2戦である前述のアストラエンブレム逃げ切り勝ち。そして東京1R・2歳未勝利では、プロヴィナージュの第5サンライズジークが同じく逃げ切り勝ちを収めたのである。これもまた、血が繋いでいく競馬という世界の小さなドラマであろう。

折したに代わって、田原オーナー小島調教師に初めての重賞GIを贈ったブラックエンブレム。同じコンビのもと奮闘するオニャンコポンがもし種牡馬になれたら、この2頭の配合が見たいなあと本項作成者は個人的に思う。ミスタープロスペクターの5×5×4×5はちょっと濃いかな……。

血統表

*ウォーエンブレム
1999 青鹿毛
Our Emblem
1991 黒鹿毛
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Personal Ensign Private Account
Grecian Banner
Sweetest Lady
1990 鹿毛
Lord at War General
Luna de Miel
Sweetest Roman The Pruner
I Also
ヴァンノワール
1996 青毛
FNo.3-c
*ヘクタープロクター
1988 栗毛
Woodman Mr. Prospector
*プレイメイト
Korveya Riverman
Konafa
*プリンセスデリーデ
1981 鹿毛
Vaguely Noble *ヴィエナ
Noble Lassie
Flashy Sir Ivor
Sovereign

クロスMr. Prospector 3×4(18.75%)、Numbered Account=*プレイメイト 5×4(9.38%)、Damascus 5×5(6.25%)

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1 ななしのよっしん
2022/04/17(日) 07:40:08 ID: /kq8cjvteK
ちなみにロイヤールハントの名由来は「熾焔火の鳥の意」
BASTARDのミカエル必殺技にこの漢字とルビまんまの必殺技があるので実際にはそっから取ったと考えられる
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